久保&菅井の振り飛車研究

作成日:2015.02.06
久保&菅井の振り飛車研究 (マイナビ将棋BOOKS)
著者 :久保 利明
出版社:マイナビ
出版日:2015-01-23
価格 :¥1,694(2024/02/06 05:35時点)
r1(評価:級位者)
r2(評価:初段~三段)
r3(評価:四段以上)

現在A級唯一の振り飛車党である久保と、最近は居飛車も指していて不純粋な振り飛車党である菅井が、指定局面について自分の意見を述べる、という体裁で書いた本。
冒頭で言われているように要するに『将棋世界』の「イメ読み」の2人版なのだが、それぞれが独自の見解を述べた後、2人でいっしょに解説する、というフェーズがあるのが新しい点である。

取り上げるテーマ図は7種22テーマ。ちょっと数は多いが羅列すると……

ゴキゲン中飛車
超速の変化から、「菅井新手△2四歩」と「▲4六銀△4四銀対抗形」。▲5八金右の超急戦から、▲3三香の変化。両者の見解が一番分かれているのが本章だと思う。菅井が意外と「やれない」と考えていることに驚いた。指した当人なのに(笑)。
石田流
4手目△3二飛と、似たような変化で早石田に組んだ形。先手石田流で▲6五歩△同歩▲同桂と攻める形。
角道オープン四間飛車
角交換四間飛車の藤井手筋である▲2四歩に対する△2二歩という受けについて。もっと言うと、△3一金という形にも触れている。あとは、早い▲4六歩に向かい飛車にせずそのまま四間飛車で後手から攻める形と、藤井-羽生戦の向かい飛車+筋違い角の局面。
向かい飛車
ダイレクト向かい飛車に▲6五角とする形。対向かい飛車で▲2八飛と戻る「菅井流2手損居飛車」。升田流向かい飛車を更に斬新にアレンジした「久保流急戦向かい飛車」。……升田流向かい飛車っていうのが死語かなぁ(笑)。
先手中飛車
先手が5筋と7筋の位を取って、▲5六飛とする形。電王戦の菅井vs習甦戦。超速とは違うが、▲6六銀△6四銀と、銀がにらみ合う形。
相振り飛車
▲8五歩としておきながら▲6八飛と回る西川流▲8五歩型四間飛車。先後同形の相金無双。後手が早い段階で△4四角として、端攻めを含みにする向かい飛車。
昭和の定跡
山田定跡、鷺宮定跡、▲4五歩早仕掛け、棒銀の4つの急戦策。

かなりのボリュームで、それぞれ興味深い局面が並んでいる。

最先端の形が多いが、中には「いくらなんでもこれはテーマとしてピンポイントすぎないか」というものもあった。例えば石田流先手番の変化とか。これが通らないと振り飛車側はかなり手前で変化する必要があるので、重要なテーマではあるのだろう。それは判るのだが、いかんせんレアすぎる気が(笑)。また、逆に角交換四間飛車の変化で▲2四歩に△2二歩という形は? と聞かれても、そんなん知らんがなという感じになってしまいそうで、もう少しなかったのかいいテーマは、と思った。藤井-羽生戦もかなりなレアケースで、あまり「テーマ」という感がなかったし。
と、いくつか不満があったものの、大部分のテーマは素直に楽しめた。

特にヒットだったのが最後の「昭和の定跡」の章で、居飛車穴熊以降の世代である菅井と、居飛車穴熊以前の世代である久保の感想の違いにはビックリした。特に菅井。「急戦の定跡は知らない」「でも玉が固いし捌けているから振り飛車がいいでしょ」のオンパレード。読みながら何度も微笑んでしまったけれど、実は昔の振り飛車ってそうだったんだよね。なんだか「振り飛車のよさ」に改めて気づかされた感じがした。まぁ、居飛車穴熊以前の世代でありながら、7七桂戦法を指しているせいで△3二金という形に何の違和感も持たないという、ある意味両方の気持ちが判る人間なので、よりいっそう楽しめたのかもしれないが。

もう少し個人的なことを言わせていただくと、本書を読んでから少しだけ細かく分析してみて、実は白砂は久保派の振り飛車党だったんだなぁ……と思った。感覚というか、局面の良し悪しの捉え方がなんとなく似ているように感じたのだ。
例えば、本書の中で、同じ振り飛車党の藤井の名前が何度か出てくるが、どちらかというと「別のカテゴリ」的な扱いをされている(ように思えた)。「これは藤井だから指しこなせる」とか「藤井はこの局面がいいと思っている」とか。藤井を振り飛車党の第一人者としてリスペクトしつつも、自分の感覚だとちょっと違う、同じ振り飛車党でもやっぱり違う、という認識なのだな、と感じた。で、そうやって分類すると、白砂は振り飛車党でもどちらかというと久保寄りなのかなぁ……と。局面の感じ方についても、例えば▲6五角急戦とかゴキゲン中飛車の超急戦なんかが実はイヤだとか、攻めというよりは捌きが好き、みたいな、そういう感じが似ていると思った。

そういう視点で見てみると、本書には振り飛車党のスピリッツがそこかしこに出ていて、初段くらいの振り飛車党であれば、細かい変化はすっ飛ばして2人の掛け合いを一読するだけで間違いなく強くなると思う。振り飛車党から見て、どういう局面を「捌けている」「こっちが指しやすい」と捉えるものなのか、大局観がきっと身につくだろうから。
掛け合いと言えば、本書の2人のやりとりもとても楽しめた。特に、電王戦の菅井vs習甦戦あたりのくだりは必読である。できればこれは映像化すべきなんじゃないのかと本気で思ってしまったが、カメラが入るとすがちゃんはダメなのかなぁ……と思い直してその考えはすぐ捨てた(笑)。

級位者くらいだと少し難しい内容かもしれないが、少しガマンしてでも、上記のように難しい変化は読み飛ばしてでもいいから、振り飛車党であれば一度は読んでみてほしい。有段者にとっても参考になるだろう。良書だと思う。