居飛車穴熊に対する一回答 ~固さには別の要素で勝負する~

zu 第1図は後手の森9段の四間飛車に対して先手の糸谷5段が松尾流居飛車穴熊に組んだところ。

実はこの局面、渡辺竜王著『四間飛車破り【居飛車穴熊編】』や佐藤天彦著『居飛車穴熊必勝ガイド』に載っている局面とまったく同じである。

渡辺本では、第1図から△5五歩は▲2四歩△同歩▲3七桂△5六歩▲同金で先手が有利と解説している。
よって、第1図で後手は△8四歩と銀冠に組み替えるが、▲3七桂△8三銀▲4六歩△同歩▲4八飛△4二飛▲4六飛△7二金▲4九飛(変化1図)で先手が指しやすい、としている。

変化1図で△4五歩と受けるなら▲2四歩△同歩▲2五歩△同歩▲同桂△2二角▲2四歩△4三飛▲2九飛が、次の▲3三桂成を見て厳しい。それを避けて変化1図で△4三飛とするなら、後手はこれ以上動けないので▲8六歩からガチガチに固めて先手が指しやすい。

このように、振り飛車側は第1図の形にしてしまうと動きが取れなくなるので、もっと早い局面、つまり▲7九銀▲6八角が入る前に後手が攻めなくてはならない……と書かれている。

また、佐藤本も、もう少しざっくりしているが大体同じようなことが書かれている。

と、要するに第1図は先手がよい、と2005年と2008年の本には書かれているわけだが、さて後手の森はどうしたか。

第1図からの指し手
△1四歩▲3七桂△8四歩▲4八飛△8三銀▲4六歩△同歩▲同飛△4三歩(第2図)

後手は△1四歩と付き合い、1手遅れた形で渡辺本を踏襲した。

この端歩がのちのち役に立つ……という局面は想定しづらいので、は単純に1手損をしているだけのように見える。事実、第2図で後手陣はバラバラだし、先手は1歩交換を果たして大駒も捌けている。

しかし、△4三歩と屈服しておいても、それで押さえ込めれば後手がよくなる、という大局観なのだろう。△7二金と締まって銀冠を完成させるまでは辛抱、というわけだ。例えば、第2図から▲4九飛△7二金(変化2図)となった局面は、渡辺本と似ているが、本とは違い実戦は4二飛が2二飛・4三歩となっている。これなら渡辺本の変化にならない。2筋の継歩攻めをあらかじめ受けているからである。

とはいえ、居飛車穴熊相手に「さぁどうぞ攻めてきて下さい」とはなかなか言いづらいものだ。この辺りの「度胸」のよさが森9段らしい。

先手としても、来いと言われれば行くしかない。なにしろ勝率8割と言われる松尾流穴熊にすでに組めているのだ。
第2図以降、▲5五歩~▲6五歩~▲5六金と猛攻を開始し、第3図となった。

先手は守りの金を1枚攻めに使ったが、角金交換の駒得を果たしている。また、第3図は後手番だが、▲3一角から▲7五角成という筋や▲3五角と飛び出る手などがある。これらをどうするか。

第3図からの指し手
△3六金▲2九飛△6六歩▲2四歩△6二飛▲3三歩成△7四金▲4三と△6七歩成▲5三と△6五飛(第4図)

△3六金として▲3五角の飛び出しを押さえた後、ゆうゆうと△6六歩と突き出す。
▲3一角から▲7五角成は大丈夫なのか? と思ってしまうが、実は、▲3一角には△6二飛として、▲7五角成△6四金▲7六馬△6五金▲5八馬△5六金(変化3図)と逆襲する手があるのだ。△3六金が2枚の角を押さえ込んでいるのがよくわかる局面である。

そこで先手は、先に▲2四歩の突き捨てを入れた。△同歩と取ってくれれば、変化3図で▲2四飛と走る筋が生じるので話が全然違ってくる。

しかし、それを放置して△6二飛~△7四金~△6七歩成としたのがまたうまい構想である。先手も▲3三歩成(△同桂と取ってくれれば▲2三歩成が桂馬に当たる)の手筋で応じたが、第4図まで進んでみると駒の効率が段違いである。特に△3六金の投資が利いていて、6八角がただいじめられるだけの駒になっているのが痛い。

このあとも、攻めては△8六歩~△6五角の筋で2九の飛車を奪い、守っては△9三玉と「銀冠の小部屋」に早逃げするなど、まさに変幻自在の指し回しを見せ、最後は綺麗に即詰みで討ち取った。

第2図で屈服しても指せるという大局観、第3図から第4図までの流れるような手順など、森9段の会心譜だったと思う。