豪快な捌きの影に

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第1図は王将戦の久保-佐藤戦。見ての通り升田式石田流である。

扱いとしては変態戦法に属する升田式だが、いまだにポツポツと指されてはいるらしい。本局が行われたのも2004年11月2日。ごく最近のことだ。

先手が珍しくすぐ飛車を浮いたので、後手の銀は3二にいる。
どういうことかというと、△3二玉と指させてそこで▲7六飛とすれば、△8八角成▲同銀△4二銀という展開になるから若干ながら得になるという意味である。もっとも、そんな細かいことを気にしていては升田式は指せないだろうが(笑)。

zu第1図。先手の久保はさっそく揺さぶりをかける。

第1図からの指し手
▲7四歩△4四歩▲7七桂△7四歩▲同飛△4三銀▲2八玉△3二玉▲3八銀△4二金▲7八金△5四歩▲7六飛(第2図)

▲7四歩が機敏だった。

△7四同歩はもちろん▲5五角。▲7四歩に△7二金▲7三歩成△同金(第3図)という戦い方ももちろんあるが、後手の佐藤の棋風ではないし、金銀がバラバラになるので気持ちが悪いだろう。△4四歩は妥協した手だが、第2図まで、これなら石田流側に不満はない。

逆に、居飛車側からするとこのまま気持ちよく捌かせては不満だ。第2図から、△6四角▲6六歩△7五歩▲9六飛△7三銀(第4図)と進んだ。

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 この将棋を見てからプロの実戦をいろいろ調べたのだが、升田式に対しては、ほとんどのプロが角を打って飛車を圧迫してきている。角を手放してしまうと持角との差が出てしまうのだが、それよりも押さえ込めればよしという大局観なのだろう。そのまま押さえ込めば居飛車の勝ち、どこかを食い破れば升田式石田流の勝ち、という図式である。そういう展開になるからこそ、「正しく押さえ込めれば居飛車勝ち」=「正しく応対されると升田式は不利になる欠陥戦法」という認識になる。

もっとも、敢えて石田流を指すプロがいて実際に勝つこともあるということはプロだってなかなか完璧に押さえ込むことができないわけで、そういう意味ではアマチュアの将棋であれば石田流の勝率が高い「稼げる戦法」であるのも頷ける。

zuさて、この将棋は、ここから戦いに入ることなく第5図へと進んだ。

先手がどんな手を指したかは、このHPに来る人達であればすぐ判るだろう。
▲7九銀▲6八銀▲6七銀▲5八銀▲6七金である。

この銀の動きは7七桂戦法の頻出手筋であり、7七桂戦法を指すのであれば絶対に覚えておかなければいけない。そうでなくても、この駒繰りは参考になるだろう。
ちょっとでも隙が見えれば、そこを攻めたくなるのは人情と言うもの。まして、升田式みたいな変態戦法を指そうなんて輩は、往々にして力自慢の攻め将棋である(笑)。しかし、第4図の段階では、まだ金銀が遊んだ状態だ。もちろんこの形でも「飛車の打ち込みを防ぐ」という立派な働きはしているのだが、そこに居ることで働いているだけであって、駒の利きと働いているわけではない。駒の利きで働かせることこそが、本当の意味での「働いている駒」というものである。

攻めにはやる気持ちをグッとこらえて、じっくりと金銀を玉側に寄せていく。
この感覚が手に入れば有段者は間違いない。できない白砂が言うんだから間違いない(笑)。

そして第5図。久保に軽手が出る。

第5図からの指し手
▲7二歩(第6図)△9四歩▲7一角△6二金(第7図)

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▲7二歩(第6図)と垂らしたのが軽手。

△8一飛とすれば簡単に受かりそうだが、▲4七角(第8図)と打つ手がある。第8図で△8四飛は▲7一歩成△同角▲6四歩△同歩▲同飛△6三金▲7四飛△同金▲9五銀(第9図)、△8三銀も▲7一歩成△同角▲6四歩△同歩▲8三角成△同飛▲7二銀でいずれもダメ。特に第9図など、こんなところに銀を手放していいはずがないのだが、後手の飛角の遊びと玉形の差で先手がいいのだ。

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zu『週刊将棋』によると、佐藤は△8一飛ではなく△8二飛なら耐えられると読んでいたらしい。ただ、それでもやはり第9図の展開は避けられないことに気づき、予定を変更したとのことだ。

なんにしても、第7図では後手は全く動けなくなっている。

さて、ここで先手はどう決めるか?

第7図からの指し手
▲5六金△3三桂▲4七銀左(第10図)

攻めない

これがプロ。

相手が動けないんだから、こちらは更にじっくり得を重ねればいい。向こうは0もしくはマイナス、こちらはプラス。その分だけ、なにもしなくても有利になるという大局観である。

このあと、飛車をぶった切る豪快な捌きが決まって久保快勝。結局、先手玉に王手がかかることは一度もなかった。

捌くというのは気持ちがいいもので、また決まれば非常にカッコイイ。しかし、こちらの駒を捌くということは相手にもある程度の駒を渡すということであり、そうなると反撃も厳しくなる。

存分に駒を捌くためにも、事前に反撃に備えておくことが必要なのだ。