清水流筋違い角

今回はいきなり問題を出そう。

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【ヒント】
角を追われ、速攻をまともに喰らってすでに不利? ……なわけないだろ!
【ヒント】
ぶつけた銀が負担になっている。次に△6五歩と突かれたら相当にヤバいよ。
門外不出の究極の秘奥義とは!?

駒澤大学変態将棋シリーズ第2弾ということで(<いいんかそれは)、今回は筋違い角。以前紹介した清水流右四間飛車と同じ、OBの清水さんの得意戦法である。
とはいっても、筋違い角自体は「メジャーな奇襲戦法」でもあるので、今さら説明するまでもないだろう。

そこで今回は、清水さんが紹介した会報の記事をほとんどそのまま紹介することで、「清水流」筋違い角の本質に迫ってみたいと思う。

あ、いや、別にそれでページが稼げるとかそんなんぢゃな……

ごめんなさい。ラクしました。


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第3図を見て欲しい。
後手は角成りと歩取りを同時に受けることはできない。当然角成りの方を受けるが、先手は▲3四角で早くも歩得となる。

たった5手で先手必勝!!

ここで、一つの疑問が湧いてくる。そんな優秀な戦法ならば、どうしてみんながやらないのか、と。

それは、基本図における先手の有利さを誰も気づかない、あるいは認めようとしないからだ。
打った角がそのあと働かない。それどころか攻撃目標にされて負担になる。相手に角を持たれているので打ち込みの危険があり自陣の模様が取りにくい。とても1歩得などでは割に合わない──ということだろう。

だが、それならば、なんとかして角を働かせればいいのだ。自陣に火がつく前に相手を仕留めればいいのだ。それができないようなら伝承者の資格はない。

○        ○       ○

ここで筋違い角の長所を述べてみたい。

筆頭に挙げられるのが「力戦」に持ち込めること。相手の知らない形で戦えることだ。特に持時間の短い将棋や一発勝負には有効だ。筋違い角戦法の前では、100冊の定跡書も紙クズと化すだろう。

第2の長所は、穴熊破りの最高の戦法であることだ。なにしろ、相手は絶対に穴熊にできないのだから(白砂注:穴熊に組むことは可能だが、それはだいたい筋違い角が有利になる、という意味だろう)。私のように穴熊を見ると吐き気がする人間には、涙が出るほどありがたい戦法だ。

そして、これは長所であると同時に短所でもあるのだが、100%攻めの戦法であることだ。
筋違い角戦法に守りの手はない。守れば守るほどだんだん不利になるので、守るヒマがあるならの分を攻めに回した方がいい。逆に言えば、守りを考えることなく攻めに専念できるのだ。

○        ○       ○

このごろ、▲7六歩に対して△1四歩と突く小林戦法(白砂注:小林さんも駒澤大学のOB。ここでは、学内リーグなどの「身内で」対戦する時の話をしているものと思われる)や、▲7六歩に対して△5四歩と突く新小林戦法など、後手側の「筋違い角封じ」が発達してきた。
無念だが、伝家の宝刀も鞘から抜かなければワラさや斬れぬ。しかし、全ての後手が角道を開けなくなったとしても、この無敵の暗殺戦法は、私の胸の中で生き続けるだろう。

そして、私は第三の必殺技を求めて旅に出るのだ……(次号へ続く?)


改めて思うことだが、こうやって変態戦法の使い手の書いたものを見ると、変態戦法の使い方というか心得というか、そういうものが見えてくる気がする(笑)。
7七桂戦法も、筋違い角ほどではないが変態戦法臭がプンプンする戦法だし、角交換ができないと困る理屈も全く同じだ。

7七桂戦法を指している人は、もう一度この文章を読んで、変態流の精神を読み取って欲しい。

さて、こんだけ間が開いたから問題から解答が見えるということはないだろう。ここで答えの発表である。
そう。わざわざ会報を抜き書きしたのは、決してラクをしようとしたわけではなく、こうやって問題と解答を離しておくためだったの……

ウソです。ごめんなさい。

【解答1】 ▲7六歩

まずは清水さんの回答を掲載しよう。

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平凡な手だが、これ以外の手では先手が負ける。
例えば▲4五角は△7四角、▲7九金は△5四角といった具合でド必敗。ヘタな小細工はせずに、素直に銀交換に応じる。

▲7六歩以下、△8六歩▲同歩△同銀▲同銀△同飛と進んで、相手に捌かれてしまったようだが、ここで7七銀△8二飛▲8八歩(第4図)とするのが筋違い角の秘手。9六への飛び出しを見せて、角がうまく生き返っている。
銀交換はされたが、後手は攻めに手数をかけたので居玉のままだし、左銀はカベになっている。つりあいは取れているのだ。
玉をガッチリ囲われるよりも、攻めて来てくれた方がありがたい、という感覚が大切だ。

というわけで正解は▲7六歩。

正直、銀交換されたら相手の方がいいんじゃないのか……という気もするが、自分の土俵だから有利、という変態戦法の心意気を感じて欲しい。

特に、攻めに手数をかけてくれたから守りがおろそかになっている、という考え方は参考になるだろう。単純に、後手の銀は4手かけて7五に出てきたのに対し、先手の銀は2手しかかけていない。それがいなくなれば(=かけた手数がチャラになれば)、それだけで差し引き2手得しているということになる。それが居玉+壁銀という目に見える形での悪形に表れているし、先手はガッチリ4七銀という形を作れている得にもなっている。

もっとも、このあとの陣形の整え方、攻め方など、白砂には一切想像がつかない(<すんません)。しかしまあ、そこは「使い手」であればいろいろとなんとかするのだろう。
このあとの棋譜があれば面白かったのに、残念だ。

【解答2】 ▲8六歩

これも、まずは清水さんの回答を掲載しよう。

▲8六歩は△8五桂を防ぐためではなく、▲7五歩から▲9六角の飛び出しを狙っている。▲7五歩と突く前の角出もある。後手玉の位置が最悪(4一)なので、これで勝負になっている。
▲8六歩以下、△6五歩▲7五歩△6四飛▲4四銀△同歩▲7四歩△6六歩▲7三歩成△6七銀▲9六角と進んで▲8六歩が生きた。

このあと、秒読みに入っても一手を争う攻防が続いたが、後手が5七の桂を△7九桂成とする掟破りの手を指して激戦の幕は閉じられた。
7七の銀が動くと△8八角と打ち込まれてしまうのが、筋違い角の最大の弱点だ。
もしも、後手の玉が4一ではなく3一だったら、全然違う将棋になっていただろう。

▲8六歩という手自体は、『武市流力戦筋違い角の極意』などでも(形は振り飛車型だが)紹介されているので、判った人も少なくないと思う。しかし、昭和60年という時代に、おそらく自力で探し当てた手だということに注目して欲しい。

変態戦法の使い手とは、いつもそういうものである。
自分一人で盤に向かい、そして数々の新手を編み出すのだ。

現在では色褪せた当たり前の指し手かもしれない。が、当時の清水さんは、この手を発見してきっと大興奮したと思う。上の▲7七銀▲8八歩という一連の指し手もそうだったろう。「同志」として、その気持ちは痛いほど判る。

現実的な話をすると、第2図では▲7五歩という軽い手がある。いろいろ難しいところもあると思うが、桂を持つと▲5四桂と打つ手があるので十分成立している。

ただ、▲7五歩は経験則としてやはり指しづらいのだろう。

いみじくも清水さんが書いている通り、先手は7七の銀を動かしたくはない。そのため、仮に有利な手順が存在したとしても、踏み込むのを躊躇してしまうのだ。

いかにも変態戦法・実戦派らしい考え方だと思う(笑)。