竜王戦第3局後日譚

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第16期竜王戦は、森内の4タテという一方的なスコアで終わった。羽生の不調なのか森内の実力なのかは今後の二人の戦いで判ることだろうが、なんにせよ、森内が現在最強と目されている羽生を4-0でふっ飛ばした。これだけは事実である。

どの対局も見ていて面白かったのだが、控室が一番盛り上がったのは第3局だろう。第1図での△7九飛成はプロでも気づかなかったらしい。

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△7九飛成に▲同玉は△9七桂成(第2図)で絵に描いたような左右挟撃。第2図は△8七桂▲同金△7八歩以下の詰めろになっており、▲4一銀くらいでは間に合わない。

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で、△7九飛成には▲同金とするのだが、△9九角がまた手筋講座のような捨駒だ(実際は捨ててないんだけどね(笑))。▲同玉は△9七桂成▲9八銀△8七桂▲同銀△同成桂▲9八銀△9六香(第3図)で寄り。
上から上から押さえていく感覚は、初段クラスの人でも十分に参考になるだろう。こうやって寄せるんだ、という教科書みたいな手順である。

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また、△9九角に▲8七玉と上に逃げるのも、△7七桂成▲同金△9八銀▲9六玉(▲9八同玉は△7七角成。▲7八玉は△7七角成以下詰み)△9四歩▲9五銀△8五金▲同歩△7七角成(第4図)で寄る。

挟撃の△9四歩、9五に利きを足すための捨て駒△8五金と、これまた手筋満載の寄せだ。

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よって△9九角には▲7八玉だが、△5五桂(第5図)▲6八銀打△同と以下後手の森内が勝ち切った。

ところが。

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手というのはあるもので、『将棋世界』の森下解説によると、佐藤棋聖によると、第5図で▲6八銀打ちではなく、▲7五歩(第6図)と突いていればまだまだだった……と言うのである。

わざわざ本コラムでこれを取り上げた意図はここにある。

こんな大事な話(笑)なのに、観戦記では一つの図面も使っていないのだ。
ここでは変化全てに図面をつけて解説しよう。

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第6図で挙げられた攻め筋は4つ。

1.△7七桂成は▲同金(第7図)。
これは、8七から逃げ出せる。

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2.△7六歩は▲8五歩△7七歩成▲同金(第8図)
根っこの桂を取るのが大きく、これは上部が広い。

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3.△6七桂成は▲同玉△7七角成▲5六玉(第9図)
派手に駒を取られたが、上部が厚い。

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△7七角成で△5七金は、▲7六玉△7七角成▲6五玉(第10図)がある。

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4.△5七金は▲8七玉(第11図)。
解説には「と逃げて、とん走路が7六と9六の二筋」とあるが、これはどうだろうか。
というのも、第11図で△6七桂成に▲9六玉と逃げると△9四歩(第12図)があるのだ。

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第12図では▲8五歩・▲9五歩・▲9五銀が考えられるが、いずれも寄ってしまう。

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a.▲8五歩は△7七角成(第13図)

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b.▲9五歩は△7七角成▲8七銀△9七桂成▲同玉△9五歩(第14図)
△9五歩は△9六銀▲同銀△同歩▲同玉△8五銀以下の詰めろ。

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また、▲8七銀のところで▲9四歩は、△9七桂成▲同玉△9六銀▲同玉△9五香▲同玉△8五金(第15図)までピッタリ詰み。

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c.▲9五銀は△9七桂成▲同玉△9五歩(第16図)
次に△9六香からの詰みがある。そこで▲8八銀打と受ける手には平凡に△7七成桂くらいで後手勝ち。

以上のように、▲9六玉とすると△9四歩で寄ってしまうと思われるので、「と逃げて、とん走路が7六と9六の二筋」という解説は間違いだと思う。

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ただし、形勢はどうかというと、第11図で△6七桂成としても、▲7六玉△7七角成▲6五玉△6六馬▲7四玉(第17図)と遁走すれば先手が勝っていると思う。なので、佐藤説そのものは間違いではないだろう。

しかし、▲7五歩(第6図)という手は、羽生ならば真っ先に浮かびそうなものだ。
しかも、羽生はわざわざ▲5四角と打っている。控室では▲6五角と打つ手を考えていたそうだ。それを敢えて5四から打ったということは、6五への逃げ道が僅かでも無意識にでも考慮されていたということだろう。

大袈裟な言い方かもしれないが、羽生が▲7五歩と突いていたら本局がどうなっていたかは判らなかったと思う。もしかしたら逆転したかもしれない。

もし逆転していたら、星勘定は1-2。しかも終盤の羽生マジック炸裂。
竜王戦はどうなっていたか……。

勝負事にIFは禁物。それは判っているのだが、無責任なアマチュアファンの一人としては、そんなことを考えてしまう。