私のパソコン遍歴

〜 白砂、ポケコンを買う 〜

 さて、プログラミングに目覚めた白砂少年でしたが、やっぱり机上だけの勉強では限界があります。簡単なやつでもいい、プログラムを動かしてみたい……。こんな欲求は日に日に高くなっていきました。

 そしてついに! 白砂はポケコン購入を決意しました。

 両親にはマイコン購入を事あるごとに訴えてはいたんですが、父親の「そんなもんは必要ない」という一言で退けられていました。今考えてみれば当然の話で、何度も言いますが当時のマイコンは市井の人達にとっては「なんにもできない」無用の長物でした。ゲームやパソコン通信なんてものは、市井の人達には必要のない世界だったんです。
 今でこそインターネット花盛りですが、よくよく考えてみれば「なくても困らない」世界ですよねインターネットって。あれば面白いし便利なんでしょうけど、なくても生活が困るわけではないですし。

 まぁそういうわけでもしマイコンを買うとしたら自費で買うしかなかったんですが、当時の白砂少年にはアルバイトなんて発想はなく(そもそもバイトをしている人っていうのが少数派だった)、少ない小遣いとお年玉(懐かしい響きだなぁ……)が全資金でした。そんなんでマイコンが買える筈もなく、目標は価格が安いポケコンへと変更されました。

 話を聞きつけた岡部さんは執拗に(笑)SHARPを勧めてきました。しかし、SHARPのポケコンは性能がいいのでその分価格も高かったんです。極貧の白砂少年には残念ながら手が出ませんでした。
 そんな折、家族で「ユニオン湘南台店(ローカルだなぁ……)」に出かけました。いわゆるディスカウントショップというやつで、多分出かけた目的は日用品だったんだと思います。で、白砂は買い物が嫌いなので2階のおもちゃ売り場に避難(笑)していたんですが、そこで衝撃の出会いを果たすことになります。

CASIOのポケコンが、5,800円で売っていたんです。

 残念ながら機種は覚えていません。「なんたら700なんとか(そんなん覚えてるうちに入らん)」だったと思うんですが、値段だけは今でも覚えてます。消費税のない頃、5,800円ポッキリ。間違いありません。

 CASIOポケコンに対してはいろいろと吹き込まれていたんですが(笑)、それでも5,800円は魅力でした。SHARPは○万円が普通でしたから、ケタが1つ違います。
「これならなんとか買えるかも……」
 思いました強く。
 でも、それでも当時の白砂少年にとって5,800円は大金だったんでしょう(何しろ10年以上前の話です)。流石に何度も躊躇し、でも欲しいし……と「トランペット欲しい少年」状態(爆)でしばらく悩んでました。

 しかし高校2年の夏、ついに白砂は決心しました。
 ポケコンを買ったんです!!

 やり倒しました。
 そのポケコンには、レファレンスマニュアル(なんて名前じゃなかったと思いますが)とプログラム実例集、それとBASIC入門がついてましたが、それらのマニュアルは全て隅から隅まで読みました。絶対に使わない「複利計算」のプログラムなんかも含めて、実例は全て1回以上はポケコンに打ち込みました。ポーカーとかブラックジャックみたいな簡単なトランプゲームやヒット&ブローなどは、たいして面白くなさそうなんですがなんでかさんざん遊び倒しました。
 プログラムというものを作る意義、プログラムを「保存」するということの意味、セーブとロードという概念などは、実際にポケコンでプログラミングをしてみて初めて判ったんではないかともいます。本ではプログラムの話はしますが、それを保存しておいて後で読み出したりといったような「当たり前すぎる話」はしてくれませんでしたから。

 始めは「何そんなもん買ってんだよバカだなぁ〜」といっていた岡部さんも、家からBASICの本や雑誌のバックナンバーなどを持ってきてくれました。また、「機種間のプログラム言語には違いがあること」「保存能力にも違いがあること」「BASIC以外にも、アセンブラという言語があってそっちを使うと速くて小さいプログラムが書けるということ」なども教えてくれました。
 特に、アセンブラの話は興味を持って聞いていたと思います。プログラムを解さずに直接CPUを操作する(実際にはちょっと違うんですが)なんて、なんか凄くかっこよさそうじゃないですか。
 CASIOのポケコンはアセンブラに対応していなかったので、結局白砂はそっちの方には手を出さなかったんですが、SHARPのポケコンを買っていたらきっと手を出していたと思います(その結果身についたかどうかは別として……(泣))。それくらいとにかくハマり、いろんな機能を試していました。

 思うに、プログラミングにハマることができたのは、この頃の経験があったからだと思います。自分が覚えた知識を試したくてしょうがない飢餓状態が長く続いて、それがしぼんでしまないうちにそれを解消できたお蔭で、素直にプログラミングができるという喜びに浸れたんでしょう。このあとも白砂はCOBOLやCなどに手を広げていくんですが、翻って考えてこの頃の経験が背骨になっているような気がします。

 さて。
 それからの白砂は、ヒマさえあれば作ったプログラムをちょっとずついじり、マイコン雑誌を見ればサンプルを打ち込み、日曜日になれば『パソコンサンデー』を見る(笑)というなんともコンピュータづくしの生活を送っていました。

 そんなポケコン生活が続いたある日、白砂に衝撃の事実が知らされます。