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 森雞二が絶好調だ。

 今年度の順位戦C級1組ではなんとここまで3連勝している。
 御年65歳。体力・瞬発力のピークはさすがに過ぎていると思うが、勝ち方も豪快で若々しい。ピークは過ぎていても、「昔とった杵柄」というやつなのだろうか。というより「体で覚えた将棋」と言った方がいいのかな(笑)。

zu 第1図は第1回戦。先手の森9段の位取り中飛車にがっちり中央を守った形となっている。しかし、振り飛車党からすればこうやって全面防衛してくれる形というのは御しやすい気がする。振り飛車なんてものは元々が「固めてドカン」という安直な(笑)発想で指していってなんとかなるから魅力の戦法なわけで、このように「どっか一ヶ所でも喰い破ったら勝ち」というのは気楽でいい。むしろ居飛車穴熊のように、「固めてドカンと行ったら向こうの方が固かった」という方がイヤだ。

 とはいえ、現実問題としてどこから手をつけるか。
 駒損覚悟で▲6五歩△同歩▲同銀△同桂▲同飛としても△6四歩で後手陣が破れるわけではない。
 ここで森は、記録係の伊藤三段が「そこから手が作れるとは思いつきませんでした。さすが森先生、と感動しました」と唸る構想を見せる。

第1図からの指し手
▲9七桂(第2図)


 よりにもよって端に桂を跳ねた。
 次はとにかく▲8九飛として、▲8六歩△同歩▲同飛と捌こうという狙いである。言われれば狙いとしては判らなくはないが、ヘタをすれば桂頭を攻められてそこから入玉、という展開も十分に考えられるところだ。そういう意味でも「決断の一手」と言えるだろう。

 さて、今度はこれを受けて佐藤秀7段がどうしたか。
 右玉や風車を指し慣れている人なら、ここからの展開はノータイムかもしれない。

第2図からの指し手
△5二玉▲8九飛△4一玉▲8六歩△同歩▲同飛△8五歩▲8九飛△3二玉(第3図)


 攻められたところから玉がぬるぬると逃げていくのが右玉の極意だ。第3図となって、当面の危機は去ったといってもいいだろう。
 こうなってみると、全面的に防衛線を敷いた後手の主張はそれなりに通っているようにも見える。先手はどこか一点突破できれば玉形の差で勝てるのだが、それがなかなか難しそうな状況である。

 しかし。
 第3図をパッと見ただけでは判りづらいかもしれないが、こういう形では駒を交換するための必修手筋がある。

第3図からの指し手
▲3六歩△9四歩▲3七桂△3五歩▲同歩△同角▲3六歩△2四角▲2五桂△同桂▲2六歩(第4図)


 少し長く進めてしまったが、最後の▲2五桂△同桂▲2六歩がよくある手筋。有段者になりたい振り飛車党は絶対に覚えておくべきだ。居飛車に△2四角△2五歩△3三桂と玉頭に位を張られた際、逆襲の手筋としてぜひとも狙いたい手順である。
 効果は第3図と第4図を比べれば一目瞭然である。第3図で張っていた後手の玉頭の位はなくなり、桂交換が確実となり、加えて歩を得している(△2五歩を取ったため)。第4図は先手が一本取ったと言っていいだろう。

 この手順が凄いなと思うのは、第1図の段階では▲3六歩を突いていなかったのに第3図から▲3六歩を突いていったところにある。

 第1図であれ第3図であれ、▲3六歩と突けば後手が△3五歩▲同歩△同角とやってくるのは判っている。だからこそ、歩を持たせないために第1図の局面では▲3六歩を省略して駒組を進めたのである。もちろん、第1図の局面から▲3六歩と突いたあとでも▲2五桂△同桂▲2六歩という手順は利くのだが、しかしその場合後手玉は6二にいる。それでは相手陣への響きは薄い。
 そういう「▲3六歩を突くのは避けたほうがいい」という状況が伏線としてありつつ、状況が変わったときに瞬時に呼応する能力。嗅覚といってもいいだろう。これが凄いのだ。

 さて、こうやって一本取った局面だが、先手の森9段はこの程度では満足しない。ここから驚愕の手順が展開される。

第4図からの指し手
△3四銀▲2五歩△同銀▲2六歩△3四銀▲4八金上△6二金▲6五歩△同歩▲2七桂△2三桂▲3七金上(第5図)


 ▲4八金上から▲3七金上と玉頭に厚みを集中したのが凄い手順。
 第4図を見てみると、後手は特に2筋の薄さが目立つ。そこに注目し、玉頭から押しつぶしてしまえという実に若々しい将棋である。
 後手は左翼の金銀が働いていないのが痛い。玉頭戦になると、その金銀2枚分の違いだけで勝負がついてしまいそうだ。

 また、▲2七桂と置いておくのも大事なところ。白砂にはこういう手が指せない。しかし、「驚愕の手順」とは書いたが、後手も呼応して△2三桂と受けていることを考えると、玉頭戦では勢力を保つことが急所だというのはプロとして当然の認識だということが判るだろう。ここでここに手が行かないようでは強くはなれない、ということか。

 このあとも玉頭で戦いとなり、そのまま先手が押しつぶした。彼我の陣形を比べ、敵陣が薄いと見るや積極的に玉頭から打って出た判断が正しかったということだろう。
 終局は17時30分。順位戦としてはかなり早い終局だった。
作成日 2011-08-18 | [中盤研究]
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