将棋コラム


  玉を捌く Date: 2002-10-07 (Mon) 
 7七桂戦法は「攻め駒を捌いていく将棋」だが、その表現を使うなら、3二金戦法は「玉を捌いていく将棋」といえる。
 もっともその「捌く」という言葉の意味あいは全然違ってしまうのだが(笑)、なんにしても玉をあっちこっちと動かしながら勝ってしまうのが3二金戦法である。玉が7二のまま完勝、なんていうことはまずない。

 この玉の捌き、現代将棋ではよく目にするようになったと思う。
 振り飛車の将棋で▲2五桂と跳ねてから▲3七玉▲4六玉と脱出したり、8五飛戦法でも玉が右翼に逃げたり左翼に逃げたりする。玉を極端に大事に考えるのが現代将棋の特徴なので、穴熊、ミレニアムといった「固める」将棋と同時に、「逃げだす」将棋も出てきたということなのだろう。

 その中でも、矢倉というのは比較的玉の捌きが少ないような気がする。玉を捌くというよりはお互いに相手の玉を仕留めに行く将棋なので、捌いて逃げ回る余裕がないのだろう。
 そんな中、脇システムで面白い将棋があった。

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 1図は▲2七香△8三香と互いに玉頭に香を据えたところ。こうやって「仕留め」にいくのが矢倉戦だ。やっぱ白砂には指せない(笑)。
 ちなみに、△8三香△5五歩▲同歩△7五歩▲同歩△8六歩▲同歩△7五銀と先攻した将棋があった(早指し戦の羽生−先崎戦)。
 しかし、▲1五銀と力を溜められ、△7六歩▲同銀△8六飛▲8七歩△7六銀▲8六歩△8七歩▲9八玉△6七銀成とここまで攻めた瞬間に▲2四歩と逆襲されて散った。先手は絶対に詰まない形なので、あとは攻めが続けばいいのだ。ここから先は王手と詰めろの連続で、そのまま羽生が「仕留めた」。

 さて1図。
 上記のような事情で後手は△8三香と一手ためた。対して先手は▲6一角と手筋の角を打って攻めに出たのだが、ここで△3一玉と玉を捌きに出たのが秀逸な構想だったようだ。
 以下指し手だけを記すと、▲3七銀△4二玉▲6八金寄△5一玉▲8三角成△同飛▲4八香△3七馬▲同桂△6二玉(2図)。

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 手順は追わなくてもいいと思う。1図と2図の違いだけ見て欲しい。
 先手の攻撃陣はほとんどそのまま(2六銀が消えて4八香が増えた)だが、後手の玉は1図とはかけ離れたところにいる。言葉を変えれば、1図で後手玉を「仕留め」ようと狙っていた先手の攻撃陣は、その目標を完全に失ってしまった。後手玉はスカスカで涼しいことこの上ないが、玉の安全度というのはあくまでも相対的なものだ。攻撃されない玉ば、たとえ裸玉でも鉄壁の穴熊と同じなのである。
 2図から先手は▲4五歩と攻めた。投資をした攻撃陣を生かすにはそれしかない選択肢だが、結局、このまま後手の勝利となった。

「玉の捌き」は、リスクの大きさゆえにかなり難しい部類に入る。3二金戦法や風車が、ある程度強くないと指しこなせないのもそれと同じ理由だが、自分のものにできればかなり棋力は向上すると思う。

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