将棋コラム


  『島ノート』鬼殺し向かい飛車の一変化 Date: 2005-08-27 (Sat) 
 実戦的かつ最新定跡を惜しげもなく披露してくれた『島ノート』。その変態戦法の数々にお世話になった人も多いはずである(笑)。
『島ノート』の一発目の戦法がこの鬼殺し向かい飛車。変態感バツグンの戦法で、『島ノート』の性格づけの意味でもトップに持ってきたのは成功だと思う。発刊後、ネット将棋ではこの戦法が急激に増えたとかいう話も聞いたことがある。

 詳しくは『島ノート』を読んでいただくとして概略だけ説明すると、▲7六歩△3四歩▲2六歩△3三角という出だしから向かい飛車に組む。で、△2五桂と飛車先の歩を喰いちぎって▲2五同飛△2四歩▲2八飛△2五歩(第1図)と逆襲する。第1図は狙いが炸裂した局面で、『島ノート』では以下▲3八金△2六歩▲3九桂△4九角▲1六角△1五歩(第2図)で後手有利、となっている。さりげなく△1四歩と突いていたのはこのためで、第2図は後手が成功している局面だろう。

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 ところが。
 先日、CSA(コンピュータ将棋協会)主催のオープン戦があって白砂も参加したのだが、対TACOS戦でとんでもない手を喰らった。

 その将棋が第3図。
 白砂が先手で、▲7六歩△8四歩▲7七角△8五歩▲8八飛△3四歩▲6八銀△7七角成▲同桂……という展開。3手目▲7七角が最近マイブームの一手で、7七桂戦法から外れても楽しく変態戦法で戦えるのだ(笑)。

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 厳密に言うと、第3図は『島ノート』の展開と違う。
 △5四歩と突いていないことと、△5二金右と上がっているところ。特に後者の違いは大きく、第2図のような△7二金という受けをなくしてしまっている。
 それがどちらに有利かは判らないが、先手の白砂は予定通り▲8五桂と捨てて第3図へと進んだ。
 ここではじめて見る受けが出る。

△7二桂(第4図)

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 形とか概念をいっさい考えずにこういう手が指せるのがコンピュータである。▲8四歩を受けるというただそれだけの手なのだが、こちらはもともとそれしか狙っていなかったのだから困ってしまう。
 この手を指された白砂の胸中を察してもらいたい。
 このオープン戦は初手から30秒の早指し戦。しかも、人間側のソフトには「読み上げ機能」がついていない。表示されている秒数を自分で読み取り30秒以内に指さないといけないのだ。
 結局、▲8四歩は危険だと判断した白砂は別の手を指したのだがそれはあとで説明するとして、まずは第4図で本当に▲8四歩がないのかを検証してみよう。

 ▲8四歩には△同飛と△同桂がある。
 実戦では、▲8四歩は△8四同飛があるのでダメ、と判断して見送った。例えば△8四同飛▲同飛△同桂▲8三飛△8九飛▲8一飛成△9九飛成(第5図)と普通に飛車を打ち合ったとして、次に▲9一飛成でも▲8四飛成でも、もう片方の桂香が非常に拾いにくくなる。後手は△5一銀(本譜でも出た)とすると鉄壁になるので、先手の方がむしろ玉形は弱い。駒損して玉形も悪いでは、先手は勝てない。
 ただ、『島ノート』の形はまだ4九金型なので、第5図のように進むと▲8一飛成が6一の金に当たってくる(先後逆の形を同時に解説しているので少し意味が通りにくいかもしれません)。その点については先手のポイントとなるので、△8四同飛は少し危険かもしれない。

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 ▲8四歩には△同桂(第6図)と取ってしまう方が簡明だろう。

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 すぐに▲8五歩は△7六桂と逃げられてしまうから、いったんは▲7七銀と備えるしかない。しかし、そこで△9四歩(第7図)と突いておくのが面白い手だ。
 第7図で▲8五歩なら、△9六桂▲同香△9七角▲8九飛△6四角成(第8図)くらいでも後手が十分。馬を作っておけば、▲8四歩には△8六歩▲同銀△8四飛という切り返しが利く。

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 第6図で▲5六角とか▲8六飛とか、あるいは無視して▲2八玉とかいろいろ考えられるのは間違いないのだが、少なくとも当初の予定からは大きく外れている。「桂損はするが歩切れにさせてそこを突く」という鬼殺し向かい飛車に対し、「得した桂を返してでも歩切れを解消し弱点を作らない」という指し方がポイントだ。
 結果として単純に桂を持ち駒にしただけ、というのであればまだ先手も戦えるのだが、金銀の位置の差、桂を取り返すときに△9六桂▲同香と端に傷を作ってしまうことを考えると、ただの駒交換とは言えない。

 いろいろ考えてはみたのだが、どうも▲8四歩は危険のようだ。

 実戦では、先に書いた通り危険を察知して▲8四歩を回避、▲6一角△3三角▲8九飛△5一銀▲7二角成△同飛▲8四歩(第9図)と進めた。

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 これで▲8三歩成を間に合わせ、あとは▲8二歩からぼちぼち行こうという手だ。升田式石田流の変化でこういう手がある。歩切れの角1枚では後手はなにもできないだろう、という判断もあった。駒得に敏感なコンピュータでは、その局面を自分が有利だと判断するのではという姑息な大局観もなかったとは言えない(笑)。

 しかし、白砂には次のTACOSの手が全く見えていなかった。

 △9九角成▲同飛△8二飛▲8九飛△7四角(第10図)

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 駒得の角をぶった切って、とにかく▲8三歩成を回避する。しかも、次に△8五香という反撃も見ている。善悪はともかく、大いに意表を衝く手である。
 ▲8三歩成△同飛▲同飛成△同角▲8二飛は瞬間的に浮かんだが、そこで△8九飛(第11図)とされると△4七角成から素抜きの筋がある。実は▲5六歩くらいでも素抜きは簡単に回避できるのだがその時はそんな軽い手は浮かばなかった。

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 また、▲8三歩成に△同角とされても、その瞬間▲7一角と打てない(△4七角成でやはり飛車の素抜き)ので、それでも先手がまずいかもしれない。
 まずいまずいまずい△8五香を喰らうと▲8六桂△8四飛。これはどうもまずいぞ。さてどうするか……。

先手、時間切れ(泣)

 そうだよ30秒だったよー(号泣)。

 きちっと秒を読んでくれるソフトを使っていればこんなことは起きないのだが、なにしろ状況が特殊すぎた。考え出すともう時間表示なんか目に入るはずもなく、結局、時間切れという最悪の結果で終了。
 この時点で白砂は1勝2切れ負け(泣)。
 結局、YSSや柿木将棋といった強豪と当たることなく、オープン戦は終了した。

 鬼殺し向かい飛車を指している人は、本稿の対抗策をきちんと立てておくことをお勧めする。白砂の指し方でも有利になるとは思うのだが、確実にとは言えない。なにしろ玉形が違いすぎる。
 なんにしても、この変化は『島ノート』には載っていない。いろいろ調べたがネットでも紹介されてはいないようだ。本邦初公開のこの変化、実際はどちらか有利なのだろうか……?

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